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2018.09.01 【報告】フリーペーパー『かぐらむら』が100号で休刊

神楽坂のことを知りたいときは『かぐらむら』をまずチェックする……。

そんな当たり前だった習慣に、まさか終わりがくるとは思いませんでした。

いつもそばにあったフリーパーパー『かぐらむら』が、2018年末、100号をもって休刊することを知ったひとまちスタッフは、『かぐらむら』編集・発行人の長岡 弘志さんの話を聞きにいくことに。

参加したのは、『かぐらむら』所縁のある方々が、語り手の長岡さんを囲んでその歴史を振り返る講座です。

トークの始まりは、2002年の創刊号の頃のことから。ギンレイホールのパスポートシステム導入のこと。かぐらむら』創刊号企画委員でもあった平松 南さんのビデオマガジンのこと。風山 栄雄さんのFM神楽坂の構想など、単身でメディアを出そうとする人がいたそうです。

1994年に創刊し、2001年に18号をもって休刊となった『ここは牛込神楽坂』は、立壁 正子さんと津久戸小学校の同級生で作家の竹田 真砂子さんらが中心となって発行されていたタウン誌。その休刊後、空白の一年を経て『かぐらむら』創刊となるのですが、長岡さん自身も愛読者だった『ここは牛込神楽坂』のお話は、この後もちょいちょい出てきます。

『かぐらむら』編集・発行人の長岡弘志さん

時代は戻って、タウン誌ブームの草分け的存在『新宿PlayMap』のこと。1969年創刊、発行人は紀伊国屋書店の田辺 茂一氏、編集人は本間 建彦氏。音楽・演劇の情報と、加太 こうじ、草森 紳一、植草 甚一など多彩な執筆陣で、書店売りでも相当売れたとのことでした。1977年には首都圏を中心に各町で創刊ラッシュとなり、全国で300誌を超えるタウン誌ブームが起こります。1985年にはNTT主催全国タウン誌フェスティバルが岩手県宮古市で開催され、以後14年間も各地で開催されました。

第1回の開催地は今も続く『みやこわが町』発行の地です。初代発行人の「タウン誌を長く続けるには、商業と文化、どっちに偏ってもダメなんだ。」という言葉には説得力あるなーと思いました。第1回の大賞は『谷中根津千駄木』。後に『ここは牛込神楽坂』も受賞しています。最盛期には全国から3,000誌を超える応募があったそうです。NTTがなぜ巨額を投じてこのフェスを企画したかというと、「NTTのタウンページ(電話帳)はわが国最大のタウン誌である」という考え方によるものだったそうです。なるほど!ですね。

『かぐらむら』99号の特集は「名画座は膨大な夢の住処である」ギンレイホール代表の加藤忠さんと長岡さんが対談しています。

この後は、『ここは牛込神楽坂』から『かぐらむら』の話になりました。「ここは牛込神楽坂」という誌名は、当時「ここは新宿ですか?」と尋ねる人が多く、ムッとして「ここは牛込神楽坂!」と、言い返していたのを誌名にしたそうです。書店売り、季刊ペースで発行、創刊号は¥350。バックナンバーを見せていただきましたが、充実した内容でとても面白かったです。

『神楽坂まちの手帖』は2007年に18号で休刊。

ですが、書店売りでの継続は厳しく18号をもって休刊。「かぐらむら」創刊の翌年に創刊された『神楽坂まちの手帖』も同じく18号をもって休刊と、偶然とはいえ、長く続けることってなかなか難しいのですね。「かぐらむら」が100号まで続けられたのは、「文化イベント情報を中心としたジャバラのフリーペーパーで、軽いものだったから」と、長岡さんはお話されていました。

協賛店出資で創刊号は15,000部。協賛店が集まらなかったら3年で止めるつもりだったそうです。協賛店第1号は飯田橋駅ビルのラムラで、掲載エリアはラムラ~東西線の神楽坂駅までと決めました。(エリアを決めるのがタウン誌的には大事だそうです。)「かぐらむら」の誌名は、神楽坂の「かぐら」と「ラムラ」をくっつけたものだったんですね。ラムラの次には、多くのギャラリーに協賛頂いたとのこと。

協賛店は1年で50〜60件、4年で80〜90件、4つの商店街へと拡がり、60号まで赤字スレスレでなんとかやって来られ、61号からはイベント情報だけでなく、神楽坂に住んでいる人・神楽坂で活動している人から1年ごとに4人を選んで、エッセイを連載するようになったそうです。

『かぐらむら』のホームページには色鮮やかなバックナンバーの表紙が並んでいます。

100人いたら60人ぐらいが面白いと思うといい、暮らしている人・働いている人の支持がないとダメ等々、続けるコツのようなお話もありました。手描き友禅の表紙は毎回オリジナルの描き下ろしというお話もありました。協賛の宿命のようなもので、お店をバックアップしてほしい人が満足していなかったこともあり、100号をもって休刊・一区切りとし、他のものをやるかどうかは検討中だそうです。

「やめないと次が出て来られないからバトンタッチの意味もある」と仰っていました。自分のメディアを持ちたい次の人達の出番ですね。ただし、100号だと協賛金がちょっと余るので、記念号として101号目が出ますとのこと。

それでも、あと半年程で終わりとは寂しいことですが、記念号まで洩れなく入手せねば!と思った夜でした。

『かぐらむら』のホームページもぜひご覧くださいね。

http://kaguramura.jp/

レポートby  sagaちゃん