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神楽坂の気になる人たち

2017.10.26 2年待ちの鞄を作り続ける。鮎藤革包堂の鮎澤剛さん。

長く使い込まれた革の鞄には、持ち主独特の味と風合いがありますよね。神楽坂のはずれにある鮎藤革包堂さんは、自分好みの本物の鞄にこだわる人が1、2年待ち覚悟で注文に訪れるオーダーメイド専門の鞄屋さん。

店名は鮎藤ですが、名前は鮎澤さんです。

店主の鮎澤剛さんは、象、ワニ、ダチョウ、サメなど革のことをすべて知り尽くした鞄職人です。 中に入ると、古いミシン、大きな作業台、カラフルな革の数々、アンティークの家具、古時計の音……。そして、いかにも丈夫そうな存在感ある鞄がいくつか並んでいます。

牛、ゾウ、サメ、ダチョウ、ヘビ……の革も。

工房なので、気軽に立ち寄れる雰囲気ではないけれど、表通りに面しているから前を通ると気になる人も多いはず。一歩なかに入ると、そこは時間が止まったような懐かしいような空間で、思わずほっとひと息ついてしまいます。 住まいも、矢来町のほうにある古い家屋という鮎澤さん。時が刻まれた古いものが本当にお好きなんですね。

今はインテリアとなっている古いミシン。

ところで、鞄をつくるだけならマンションの一室でもできそうですが、ここ神楽坂に工房を構えることになったのは?

「息抜きでふらっと外に出たとき、気持ちのいい場所がいいなと思って。神楽坂ってギャラリーやお店が多くて人が行き交う町だから、それがいい気分転換になるんですよね」

細かい手仕事をしていると気分転換も必要です。

鮎澤さんが牛革や爬虫類の鞄メーカーで10年ほど修業したあと、神楽坂で独立したのは2006年9月のこと。ところが、自分で革小物をつくりはじめたのは10代の頃からだと聞いて驚きました。

「高校のときから、自分でスエードを買ってきて巾着をつくったり、買ってきた鞄に絵を描いたりしていました。その頃から鞄がつくりたいと思って上京したんです、19歳のときに

今使っているミシンは20年もの。

これぞまさに職人の仕事場。

鮎澤さんは、長野県岡谷市の生まれ。お母様のご実家は呉服屋さんだったそうです

「仕立ての仕事をしていた母が、裁ち台という36センチ×180センチの檜の板の前に座って着物をつくる姿を見て育ちました。ものをつくる過程を見ているのは気持ちがいいですよね。きょうだい4人いてにぎやかでしたけど、僕は母のそばで漫画を読んだりしていて。高級な反物を扱う緊張感みたいな空気が漂っていたことを今でも覚えています。でもいつもラジオのAMがかかっていて穏やかで心地よくて。そんなひとつの完成された風景が今でも心に残っているんですよね

小学生の頃から「自分にはサラリーマンは向いていないと思っていた」こともあり、ごく自然な流れで鞄職人を志した鮎澤さんですが、目指していたのはただの鞄職人ではありません

何でも作る、どんな革でも扱える職人になりたかったんです。革の世界って、男女別でつくるものによって分かれているんですね。でも僕は、うちではやっていませんってお断りするのが嫌で、やってないんじゃなくてできないんじゃない?とずっと思っていたので。ですからうちでは、どんな革でも扱いますし、ミシンも手縫いも何でもやっています

革の色もなめし方もさまざま。

ちなみに象の革はアフリカ象で、ワシントン条約で認められて輸入されたものだけを扱っているそうです。ところで、サラリーマンの営業とはまるで違うものの、顧客の満足するものをゼロから作り上げるオーダーメイドは究極の接客業ともいえます。大変だと思ったこともあるのでは?

「最初の頃は、お客様の要望をすべて受け入れるのがオーダーだと思っていたんです。でも作り手としてプロのアドバイスをするのも大切だと気づきました要望通りのものが、商品として長く使うために適しているとは限らないので、最初はその点でうまくいかなかったケースもありましたね。ですから今も、この革だとこういう形がベストですよといった専門的なことは、なるべく説明するようにしています

鞄は製作前に合成皮革で見本をつくります。

 

こちらは女性のお客様の鞄。用途に合わせた内ポケットの多さはオーダーメイドならでは。

 

サメ革でつくったバッグの中は海の色。

 

サメ革は触るととてもなめらかでした。

顧客が何を求めているのか知るための努力も怠りませんが、最近は立場が逆転することもあるとか……。

僕より僕のことを知ってる?と思うほど、今までやってきたことを事前にいろいろ調べてきてくださる方もいるのでありがたいですね。個性的なお客様が多いので、僕も興味を持っていろいろ雑談しているうちに、友だちみたいになっちゃうこともあります(笑)。大学生の頃にここに一度立ち寄ってくださって、就職したあと“ここで名刺入れをつくりたくて”と来てくださった新入社員の方もいました。“偉くなったら次はこんな革で鞄をつくりたい”なんていう方もいらっしゃるので嬉しいです。

これはワニの革。そのまんまですな。

そうえいばこの前、プロのヴァイオリニストのお客様が演奏会の帰りに来てくださったんです。その日たまたま娘が店に来ていて、小学校で金管バンドやっているという話をしたら、目の前で弾いてくださったんですよ。そういう出会いってなかなかないですよね。大企業の会長さんで、僕のことを面白がってくださる方もいて、食事に連れていっていただいたこともあります。“鮎澤くんみたいな人は面白いね。うちでは雇わないけど”って言われましたけど(笑)」

いい味出してます。

お弟子さんがいる時期もありましたが、現在は鮎澤さんひとりでオーダーメイドの鞄名刺入れブックカバー手帳カバーなどを製作。型紙からつくって、合成皮革で見本をつくることもあるという鞄は月に1つか2つ、お財布でも2,3個しか作れないというのも頷けます。

シックな色合いは女性にも人気なのだそう。

一家の大黒柱でもある鮎澤さんですが、高校時代の同級生だった妻は夫の仕事に一切口出ししないのだとか。

「奥さんはもうあきらめてるんじゃないですかね(笑)。ここの家賃とすぐ近くにある自宅の家賃もあるので、どうやって生活してるんだろう?って自分でも不思議です。でもありがたいことに、なんとかつながっていますね。オーダーが2年先まで詰まっているので今すぐ生活に困ることはないですし、あまり深く考えないまま、こんな感じでずーっときています」

2012年、新宿区「新宿ものづくりマイスター 技の名匠」にも認定されました。

この仕事を長く続けるため、お休みの日は水泳教室に通い、日曜と月曜の夜は料理をつくるがいい気分転換になるという鮎澤さん。神楽坂界隈のお店の話題でもひとしきり盛り上がって、時間を忘れて話に聞き入った楽しい取材でした。

鮎藤革包堂さんでは、鞄の注文をいただく場合、最初はお客様とお話だけして名前と連絡先を伺っているそうです。製作に入れる順番が回ってきた際、鮎澤さんから改めて打ち合わせの案内の葉書が届きますそれまでの待つ時間も実はとても大切。一生使い続けることを考えて、自分がほしい鞄の色、デザイン、革の感じなどのイメージをできるだけ固めておくとスムーズに注文できますよ。

●鮎藤革包堂

〒162-0815 東京都新宿区筑土八幡町5-12SKビル1F
TEL 03-3267-0409 Email info@ayufujikakuhoudo.com
営業時間:14:00-19:00 / 定休日:日月火
※ 臨時休業などの最新情報は 鮎藤革包堂blog をご確認ください。
※ ご来店の際は、念のためお電話にてご予約をお願いします。

取材・文=樺山美夏